オカクラ

『会いたい。来て欲しい』久しぶりに届いた彼氏からのメールは相変わらず自分勝手でそっけなくて、今が終電も無くなった深夜だということをまるで考えもしてない、きっと私のことすらも想ってはいない、そんな内容だった。それでも、自分でも本当に馬鹿だと…

ある特別な金曜日の夜に  三題噺 テーマ『嘔吐 座椅子 鰻』

※ 終電一つ前、そんな電車の乗客はまばらで、僕が降りた駅ではそれよりもまばらな数人しか降りてこない。改札を抜けて、吐く息が白くなるのを見つめながら駅前通りを過ぎて、十分も歩けば人の姿はまばらどころか、見かけることも無くなっていた。 あと五分ほ…

飛んでエクアドル

彼女、倉科遠子と初めて出会ったのは、僕の入社二年目の夏の終わり、システムエンジニアという仕事にそれなりのやりがいと楽しさを感じられるようになっていた頃だった。会社は僕を採って以来渋っていた雇用を再開し、数人の中途採用者を新たに採用した。そ…

夏空

日付が変わってしばらくして、僕はようやく職場を出ることが出来た。 職場から駐車場に向かうほんの数十メートルの間、額にじわりと浮かんだ汗はその粒を大きくして、頬と顎を通じてコンクリートの地面にぽとりと落ちていった。8月も本番を迎えたのか、ここ…

拍手

「授業が終わったら、すぐに帰るべきだったかな」 私は、鉛色をした空から無数に降りそそいでいる水滴をあおり見ながら、そんな独り言をつぶやいた。 朝、家を出るときは快晴といっても差支えないほどに青空が広がっていたのに、それがお昼休みの頃には雲が…

七夕のあとに

「織り姫と彦星、ちゃんと逢えたかのかなぁ」 独り言か質問なのかわからなくて一瞬固まってしまった。反応すればいいのか流せばいいのかどっちだったんだろう。とりあえず理香の方へ視線を移したけれど、理香はこちらを向いてはいなかった。 深夜の零時を過…

始まりの場所

1 高校に入学して、私が文藝部に入部する事を決めたのに特に意味なんて無かった。 オリエンテーションで担任の先生が「クラブ活動かサークル、同好会、もしくは委員会活動、そのいずれかにはかならず参加して下さい」と言っていたのを聞いて、特に何かの部…

夏の憧憬

『ここはお互い様子見と言ったところですか?』 『そうかもしれませんねー』 じわりと汗が滲む。僕は手に持っていたペンタブレットを脇に置いて作業を中断して、部屋の中、というか智をぼんやりと眺めていた。 智はい草座布団の上でちょこんと三角座りをして…

ベクトルが消えた夏

―――あっ七個目だ。 そう思いながら私は、ガラス張りの向こう側、狭い空を飛んでいる飛行機を眺めていた。 ここは第二会議室で、エンジニアリング会社が入っている七階で、何とかビルというオフィスビルで、東京の有名なオフィス街だ。第二会議室では目下の所…

ジュリエットスター

三階から地下一階へとエレベーターで降りる。エレベーターホールを抜けると通路の角に精肉店の又源と写真屋のファーストショップがあって、従業員に知った顔ぶれがないかを通りすぎる間にチェックする。 又源には知った顔は無かったけれど、ファーストショッ…