『会いたい。来て欲しい』久しぶりに届いた彼氏からのメールは相変わらず自分勝手でそっけなくて、今が終電も無くなった深夜だということをまるで考えもしてない、きっと私のことすらも想ってはいない、そんな内容だった。それでも、自分でも本当に馬鹿だと…

I DANCE ALONE

高校最後の夏休み前日の夜、センチメンタルに駆られてだかだか歩いて、母校の小学校に到着する。 月が明るい。空は楕円を描いて深い紺色を湛えている。六年ぶりだ。 遊具はいくつか減って殺風景にはなっているけど、それ以外は変わってない。グラウンドを囲…

アゲイン・ザ・スターピーシーズ

忘れることのない記憶。 それは時に胸を締めつけ、時に私の傍で寄り添ってくれる。優しく、儚い、夢のような傷痕。 時が経って私は変わることだろう。環境の変化に順応して、大人になっていくのだろう。でも、それでも決して離せないものがある。それは私に…

深夜文藝部『夜の帳』特設サイト http://yorunotobari.cixx6.com/2012/

うみのあり。

わたしはいとおしいひととせかいの目を盗んで深海の魔物たちを押しこんでいるプールの上の横からはけっして見えない上の四角で会う。このプールにいきついている深海獣は人びとにえらく恐れられているためにほとんどひとが近づくことはなくて世話人が朝と夕…

音信

携帯は鳴る。 細長い横枠の電子窓が華やげに光って、メールが来たのを私に教える。暗い部屋の中で、それは夜の遊園地の観覧車のように光る。 そこにはメールの送り主の名前。 私の好きな人の名前。私と彼が繋がっていることを示す、二人だけの音信。 うっと…

メンタルオブジェクトの存在証明

……これはファーストフード店で小川真理と高橋かな恵がかわした会話である。 「そういえば、モンゴリアン・デス・ワームって知ってる?」 「モンゴリ――――なんです、それ?」 「ゴビ砂漠周辺に生息するといわれているUMAのこと」 「ユーマ?」 「Unidentified …

プラネタリウムノート

あいにくの雨の日だ。それなのにうっかり星空を見たくなってしまった。「プラネタリウム」一度、脳裏にその言葉が浮かんでしまったらそれがひどくすばらしい考えのように思えて、今この瞬間から動き出さないと後悔するような、そんな焦燥感にかられた。 どう…

手首

しらけちまったなぁと私はひとりごちる。金曜日の夜八時。なぜ私は部屋で独り、缶ビールを二缶開けているのだろう。ほんとう、しらけちゃうよなぁ。独りになってからひとりごちが増えた。だって話し相手いないから。仕方ないじゃない。とはいえどこか出掛け…

煎じるあめ。

わたしは黄色の電車をなにとはなしにいつもと違う駅でおりる。駅は大通りの架線のちょうど真下にあって下り方向のホームと改札がつながっている。とても小さい駅舎は三角形の屋根を被っていてその上に中心が屋根の天辺に二等分されるような白い鉄の棒で結ば…

ゆるふわ的断章

ゆるふわしたのは今日もいく。 生命体はぷわぷわ浮かぶ。 浮かんで街中を駆け巡る。 君が優雅にスプーンをまわすカフェの午後を、灰色に染まった校舎の中を、鮮やかな緑の林の隙間を、誰かが座った電車の座席を、光の影射す夕暮れの丘を、どこでも彼はぷわぷ…

それはもうどうしようもなかったと彼が言う。僕はどうしてと尋ねる。だってさ、彼女ったらいろんな物を俺めがけて放ってくるだぜ。たまったもんじゃないよ。仕舞には包丁を取り出して俺に突きつけるんだ。彼は反笑いでまくしたてるように言った。寝ていない…

ある特別な金曜日の夜に  三題噺 テーマ『嘔吐 座椅子 鰻』

※ 終電一つ前、そんな電車の乗客はまばらで、僕が降りた駅ではそれよりもまばらな数人しか降りてこない。改札を抜けて、吐く息が白くなるのを見つめながら駅前通りを過ぎて、十分も歩けば人の姿はまばらどころか、見かけることも無くなっていた。 あと五分ほ…

月明かり

私は月を見上げた。 今日は満月だ。光が満ち満ちていて、私が居るような薄汚い路地にも優しい明かりが煌々と降り注いでいる。 月の模様はウサギや、女の人や、カニや、色々なものに見えるらしい。だけど、私にはどれにも見えなかった。 ただ暗くて、真っ黒で…

よるのひめごと

「ユイちゃん!またやったの!!」 母のヒステリックな声が二階のベッドの上でうつらうつらしているわたしの部屋にまで聞こえてくる。きっとお隣さんの家まで筒抜けなんだろうなぁ、と少し後ろめたくなって、そうだよと母に聞こえないような小さい声で返事を…

飛んでエクアドル

彼女、倉科遠子と初めて出会ったのは、僕の入社二年目の夏の終わり、システムエンジニアという仕事にそれなりのやりがいと楽しさを感じられるようになっていた頃だった。会社は僕を採って以来渋っていた雇用を再開し、数人の中途採用者を新たに採用した。そ…

夏空

日付が変わってしばらくして、僕はようやく職場を出ることが出来た。 職場から駐車場に向かうほんの数十メートルの間、額にじわりと浮かんだ汗はその粒を大きくして、頬と顎を通じてコンクリートの地面にぽとりと落ちていった。8月も本番を迎えたのか、ここ…

逃避行

誰がどこからどのように、5W1Hはここではあまり意味がない。昭和の始め頃から来たという彼女は、やはりどこか古風、否、旧態依然としていて駆け落ちだの夜逃げだの、逃亡が未だに通用すると思っているから困ったものである。 そう、逃げましょうと彼女は言っ…

まぶたのうら残る光景が。

(ひとつ)オレンジに染まった教室。淡い光の海のそこできれいとはいえない列に並べられた机の茶色はほとんど黒くみえる。少しでも酸素をもとめる溺れた魚のようにわたしはわたしの机のうえに腰をかけて水面をぼんやりとながめている。雪みたいにまっしろな…

生きている。

青い世界で名前を忘れて名前を呼ぼうとしている。繋ぐための手に頼ろうとして、名前を名前を切り離してしまった、この手で。/「名前を呼んであげるから名前を呼んでよ」って、私なのに私なのに。ね。/正常に歩いていく。行進を更新していく。色を覚えていく…

拍手

「授業が終わったら、すぐに帰るべきだったかな」 私は、鉛色をした空から無数に降りそそいでいる水滴をあおり見ながら、そんな独り言をつぶやいた。 朝、家を出るときは快晴といっても差支えないほどに青空が広がっていたのに、それがお昼休みの頃には雲が…

夏の音

窓からは真っ赤な夕焼けが射し込んでいた。 それはもう燃えるような赤で、そのスケールの雄大さと一日が終わる寂寥感を余すところなく表していた。 そしてその陽光を肩で浴びながら机の上に彼女は腰掛けていた。何もせず、茫然とチョークの跡が残った黒板の…

みずいろはづき。

いつだって なにもかも 非日常。一年前のことだって、 一ヶ月前のことだって、 昨日のことだって、 今朝のことだって。なんだって覚えていないし、それは他人ごとだよ。初めてあったときの辿々しい敬語とか、 たまたまあったときの吃驚した顔だとか、 交わし…

七夕のあとに

「織り姫と彦星、ちゃんと逢えたかのかなぁ」 独り言か質問なのかわからなくて一瞬固まってしまった。反応すればいいのか流せばいいのかどっちだったんだろう。とりあえず理香の方へ視線を移したけれど、理香はこちらを向いてはいなかった。 深夜の零時を過…

07072359

今朝、私は部屋でラブレターを見つけた。何気なく本当に何気なく、フジファブリックのフジファブリックの歌詞カードをぱらぱらとめくっていたら、サボテンレコードのページに二つ折りの紙が入っていた。「なんだこれは」と恐る恐る開くと、ずっと好きでした。…

tender

思わず手を取って繋いだ夕方に、髪を撫でるようなやさしいオレンジが目に染み入る。いつもの風景ではあるのに私の手をさらにあたたかくさせる、あなたの隣で。同じセーラー服を着て、横顔は20cm下に、ツインテールが揺れる。何でもない帰り道に、『これから…

始まりの場所

1 高校に入学して、私が文藝部に入部する事を決めたのに特に意味なんて無かった。 オリエンテーションで担任の先生が「クラブ活動かサークル、同好会、もしくは委員会活動、そのいずれかにはかならず参加して下さい」と言っていたのを聞いて、特に何かの部…

白の少女

美しく、穢れの欠片も無く、完璧で、そして『真っ白』な少女だった。 肌は透き通るような白、髪も輝くような白髪、着ている服すらなんの装飾もない下ろしたてのシーツをただ服の形に切り取ったようだった。 けれどただ二箇所、その両目だけは吸い込まれるよ…

夏の憧憬

『ここはお互い様子見と言ったところですか?』 『そうかもしれませんねー』 じわりと汗が滲む。僕は手に持っていたペンタブレットを脇に置いて作業を中断して、部屋の中、というか智をぼんやりと眺めていた。 智はい草座布団の上でちょこんと三角座りをして…

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世は笑わない。3

それから幾分か過ぎた後であつた。ふと何かに脅されたやうな心もちがして、思はずあたりを見まはすと、何時の間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、頻に窓を開けようとしてゐる。が、重い硝子戸は中々思ふやうにあがらないらしい。あの皸だらけ…