うみのあり。

わたしはいとおしいひととせかいの目を盗んで深海の魔物たちを押しこんでいるプールの上の横からはけっして見えない上の四角で会う。このプールにいきついている深海獣は人びとにえらく恐れられているためにほとんどひとが近づくことはなくて世話人が朝と夕に餌をまきにくるだけでわたしたちが唯一愛をかわせる場所になっている。プールの底は深すぎてわたしたちの目にはほとんどみえなくなっていて建屋の中も深海にふさわしいようにまっくらにされている。わたしたちは昼下がりのせかいがゆっくり動く時間にそれぞれ時間をずらしてそして道中も人目を盗んでプールサイドに近づいてはだかで墨汁のうわずみにただようようにして少しだけもぐったところで澱みきった水よりもねっとりとまじわりあい意識ごとこのおどろおどろしい水にどろりととけてゆく。わたしは出かけるところをわたしの小うるさい世話役にみつかる。なにものにも邪魔をされたくはないわたしは世話役のすきを突いて鉄の鎖でかたく腕を壁の縁にしばりつけて猿轡をして身動きひとつできないようにして急いでプールへと向かう。約束の時間はゆうにすぎていてしびれをきらしたいとおしいひとがわたしの姿をみるなりとびついてくる。いとおしいひとの遮蔽材がひとかけふやけてとれてしまっていていとおしいひとのくちびるがきらりと輝いてビニール袋状のいきものがいとおしいひとをぐるりと包みこんでどろりととかしてしまう。わたしはあぶくにもならない叫び声をあげると水槽いっぱいに広がった黒い墨汁を垂らしたようないくまたもの首にするどい牙がところ狭しとはえた口がそれぞれついたいきものがわたしの目の前にすっとすすんできてあんぐりとひとつの口をひらく。そしてわたしはおんなのこの叫び声で物語のせかいからわれにかえっておんなのこがうみのありにおそわれていることに気づく。うみのありはおそった海の生き物をその尖すぎる口でさしころすいきもので駆除は非常にむずかしいいきもので動くものすべてに襲いかかる獰猛ないきものとされている。半裸でふとんにくるまっているわたしはただあぜんとおんなのこがうみのありにたかられている様子をながめていると不思議なことにすぐにうみのありはどこかへいなくなってベッドとふとんの影をへてわたしの左背中から右肩をとおって心臓へむかうようにすすんでゆく。わたしはすでにたかられはじめているので息をころしていままでうみのありでの死者はでていないことをこころの支えにひたすらじっとするけれどうみのありが取り巻くようにしているわたしの心臓はますますその動きをはやく力強くしてゆく。