2012-01-01から1ヶ月間の記事一覧

ある特別な金曜日の夜に  三題噺 テーマ『嘔吐 座椅子 鰻』

※ 終電一つ前、そんな電車の乗客はまばらで、僕が降りた駅ではそれよりもまばらな数人しか降りてこない。改札を抜けて、吐く息が白くなるのを見つめながら駅前通りを過ぎて、十分も歩けば人の姿はまばらどころか、見かけることも無くなっていた。 あと五分ほ…

月明かり

私は月を見上げた。 今日は満月だ。光が満ち満ちていて、私が居るような薄汚い路地にも優しい明かりが煌々と降り注いでいる。 月の模様はウサギや、女の人や、カニや、色々なものに見えるらしい。だけど、私にはどれにも見えなかった。 ただ暗くて、真っ黒で…

よるのひめごと

「ユイちゃん!またやったの!!」 母のヒステリックな声が二階のベッドの上でうつらうつらしているわたしの部屋にまで聞こえてくる。きっとお隣さんの家まで筒抜けなんだろうなぁ、と少し後ろめたくなって、そうだよと母に聞こえないような小さい声で返事を…

飛んでエクアドル

彼女、倉科遠子と初めて出会ったのは、僕の入社二年目の夏の終わり、システムエンジニアという仕事にそれなりのやりがいと楽しさを感じられるようになっていた頃だった。会社は僕を採って以来渋っていた雇用を再開し、数人の中途採用者を新たに採用した。そ…

夏空

日付が変わってしばらくして、僕はようやく職場を出ることが出来た。 職場から駐車場に向かうほんの数十メートルの間、額にじわりと浮かんだ汗はその粒を大きくして、頬と顎を通じてコンクリートの地面にぽとりと落ちていった。8月も本番を迎えたのか、ここ…

逃避行

誰がどこからどのように、5W1Hはここではあまり意味がない。昭和の始め頃から来たという彼女は、やはりどこか古風、否、旧態依然としていて駆け落ちだの夜逃げだの、逃亡が未だに通用すると思っているから困ったものである。 そう、逃げましょうと彼女は言っ…

まぶたのうら残る光景が。

(ひとつ)オレンジに染まった教室。淡い光の海のそこできれいとはいえない列に並べられた机の茶色はほとんど黒くみえる。少しでも酸素をもとめる溺れた魚のようにわたしはわたしの机のうえに腰をかけて水面をぼんやりとながめている。雪みたいにまっしろな…